車両部の川村は、沼田や浜野ほど情熱的ではありませんが、刹那的という意味では侮れない人間です。そんな川村が「ラッシュ時専用の車両をリプレイスせよ」という命題を受けたのが900形です。 当時、ラッシュ時専用車はSL-4が幅を効かせていました。SL-4の性能面では問題なかったものの、塩害で車体が傷みそろそろ交換が必要でした。条件としてはステンレスもしくはアルミ車両で6両編成9本。それをできるだけ安く調達すること。 ストリームラインのラッシュ時専用車はほんとうにラッシュしか走りません。7〜8割引の定期旅客を輸送するのに高級車両は必要ないわけです。川村はこの命題にたいしシンプルかつ大胆な答えを引き出しました。 なんと、横浜市交通局から2000形のボディをそっくり54両分調達してきたのです。大手民鉄ではないものの、輸送密度350万を誇るストリームラインが他者の中古車を導入するのですから、いろんな意味で話題となりました。当然内部では蜂の巣をつついたような大騒ぎとなり、車両部で川村はつるし上げに遭ったと言います。しかし当の本人は涼しい顔でいい放ちました。 「ラッシュ専用車両ですよ? カッコつけてどうするんですか」 「かっこいいとは何であるか」を命題とするストリームラインにおいて、川村は異質でした。川村が車両工場へ配属され、沼田に「お前の思うかっこいいとは何か」との問いに対し「かっこ悪いことができることです」と言い放っちました。そう、川村は命題に対し最適な答えの前にはどんなかっこ悪いことも容認してしまうのです。「かっこいいとは、かっこ悪いことに耐えられることだ」という川村流の美学が900形のデザインに現れたのです。 車体は先に記したように横浜市2000形の流用。足回りは横浜市が3000S形に流用するため別途調達。制御器は2000形のチョッパ装置を流用することも考えましたが、750ボルト用の制御器を1500ボルトにフィットさせるのは手間となるし、そもそも20年前のチョッパ装置では部品枯渇で将来あたふたするのは目に見えていました。そこで、台車・制御装置・モータは新造。モータはMB-5110(95キロワット/定格1,890rpm/マックス5,000rpm)、制御装置はMAP-138-15VRHです。いずれもJRで使われる標準的な部品を採用していますが、それでも26ユニット54両分といえばかなりの金額になります。それでも新造に踏みきったのは川村自身がSL-5の部品調達に苦労しているためです。メーカーではチョッパ装置のパーツなどもはや製造しておらず、他社のストックや共食い整備で部品を調達しているのが現状です。ABFMなら自社工場で修理することは可能ですが、半導体をふんだんに使うCFMやMAP制御器はそういうわけにはいきません。そんななかで電機子チョッパや界磁チョッパの機器を流用したところで二度手間になるのは目に見えている、ならば新造し10年で交換するのが望ましいと考えたわけです。 さて、横浜市交通局は第3軌条方式、ストリームラインは架線集電方式です。そのためパンタグラフを2号車と5号車に2基づつ搭載し、ブスバーで直列接続しています。ただ、クーラーの位置が車端部に位置するためパンタグラフが台車センターよりもかなり内側に寄ってしまいました。不格好ですがまあ、実用に問題はありません。 台車・制御器は新造しましたが、車体はカラーを青から赤にしただけでほぼ横浜市2000形のままです。しかし、ラッシュ専用なんだから塩害に強く、ストリームラインでの走行性能を満たしていれば、価格は安いほうがいいに決まっているというのが川村の考え方です。 台車はDT61。軸梁式ボルスタレス台車をストリームラインで初採用。そして近畿車輛以外の台車をはじめて採用しました。選定理由は低価格で乗り心地もそこそこということですが、制御装置こそ三菱電機製とは言え、旧来のしがらみをバッサリと切ってしまうあたりはさすが川村です。この一件は近畿車輛にとってかなりの衝撃だったようで、2012年に登場したラッシュ専用車710形は、かなり大胆な提案を行ったと言います。図らずも伝統が馴れ合いに変わるところにカツを入れたと言いましょうか。 モータ出力こそ95キロワットですが、ギア比を6.53と高めにとった上にオールMですから、54キロまでの加速力3.3キロ/秒は軽くクリア。最高速度110キロでの運転も問題なく行えます。 車内は座席や蛍光灯をストリームラインの標準品に置き換えた以外特にいじっていません。ラッシュの3時間しか基本走らないので、トレインビジョン(トレインビジョンは三菱電機の登録商標です)も未整備です。 イベント会場で並んだ900形(右)・810形(中)・820形(左)。これらに共通する点は、稼働時間の限られた車両はできるだけ安価でありながら、機能は水準を満たすという点で共通しています。 このように大胆なデザインを行った結果、車両価格はSL-7の約1/4。まあ、SL-7自体はめちゃくちゃ高価な車両ですが、他社標準の車両と比べても半額強という低価格でまとめあげました。総務課は大喜びでしたが、浜野部長からは「ストリームラインの面汚し!」ときつい言葉をかけられたようです。もっとも川村は「正面が汚れたなら、洗えばすむ話。ラッシュを耐え抜く電車は質より数でしょ」てなもんですが。
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